SAP ERPの刷新が求められる中で、既存環境を引き継がずにゼロから再構築する「グリーンフィールド方式」への注目が高まっています。とはいえ、その導入には多くの判断要素が伴い、自社にとって最適な選択肢なのか迷う方も少なくありません。
本記事では、グリーンフィールド方式の基本的な考え方から、ブラウンフィールドとの違い、メリット・注意点、適した企業像、よくある疑問までを整理し、SAP S/4HANA移行を成功に導くための実践的な視点をお伝えします。
グリーンフィールドとは

「グリーンフィールド」とは、本来は不動産や投資の分野で使われてきた用語で、「未開発の土地」や「白紙の状態」を意味します。この言葉は現在、IT・環境・都市計画・ビジネス戦略など幅広い分野に応用されており、共通して「既存の制約に縛られず、ゼロから新しい価値を構築する」という考え方を内包しています。
グリーンフィールド(Greenfield)の語源は、まだ整備されておらず、草が生い茂る緑の土地を指します。視覚的なイメージから派生し、「既存の構造物が存在しない状態」=「自由に設計・構築できる空間」として、多くの分野で転用されてきました。どの分野においても、「白紙の状態からの構築」「柔軟性」「将来志向」といった概念がその本質にあります。
■不動産・環境分野におけるグリーンフィールド
不動産や環境の分野では、これまでに開発が行われていない土地、たとえば農地や森林、未利用地などを指します。これらの土地には既存の建築物やインフラが存在しないため、都市計画や土地利用をゼロベースで自由に設計できるという利点があります。
また、環境基準に基づいた最新インフラの導入や、持続可能な開発(サステナブル開発)を推進しやすいという特徴もあります。既存の構造物や汚染の懸念があるブラウンフィールド(土壌再利用)と異なり、環境リスクが低く、未来志向の開発が可能です。
■IT・システム移行におけるグリーンフィールド
IT分野では、特にERPシステムの導入や刷新において、「グリーンフィールド」は「既存のシステムやデータ、設定を一切引き継がず、新たに構築するアプローチ」を指します。代表的な例が、SAP S/4HANAへの移行におけるグリーンフィールド方式です。
この方式では、旧来のSAP ECCなど既存環境を利用せず、SAP Model Companyやベストプラクティスを活用して、新しいシステムをゼロから構築し、必要なデータのみをマイグレーションします。これにより、最新技術(AI、機械学習、ビッグデータ等)や新しい業務プロセスの導入が可能となり、企業のDX推進において非常に有効とされています。ただし、構築コストが高く、プロジェクト期間も長期化しやすいため、コスト・リソースに余裕がある場合に選ばれる傾向があります。
■共通する本質:「ゼロからの構築」
不動産、IT、環境、都市計画といった各分野で具体的な意味合いは異なりますが、「グリーンフィールド」に共通するのは、既存の資産や制約にとらわれることなく、最適な形で新たに構築するという点です。このアプローチは、柔軟性が高く、将来を見据えた設計ができる反面、高コスト・長期プロジェクトになりやすいという課題もあります。
それでも、従来の枠組みにとらわれず、本質的な価値創出や抜本的な改革を実現したい場面では、非常に効果的な選択肢となり得るのが、グリーンフィールド型のアプローチです。
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SAPにおけるブラウンフィールドとグリーンフィールドの違い

SAP S/4HANAへの移行においては、「ブラウンフィールド」と「グリーンフィールド」という2つの代表的なアプローチが存在します。両者は移行手法の違いにとどまらず、業務プロセスへの向き合い方やDXへの姿勢をも反映する戦略的な選択肢です。
グリーンフィールドは、現行のSAP ECC環境を引き継がず、新たなS/4HANA環境をゼロベースで構築する手法です。標準機能やベストプラクティスを活用して、業務プロセスを全面的に再設計できるため、AIや機械学習などの先端技術の導入とも相性が良く、DX推進を本格化させたい企業に向いています。一方で、構築にかかるコストや期間は大きくなりがちであり、既存データの大半は移行対象とならないため、旧システムの保管・参照体制も必要になります。
これに対しブラウンフィールドは、既存の業務プロセスやカスタマイズ、データ資産を維持しながら、S/4HANAへ技術的に移行する手法です。過去の資産を活かすことで、コストや工期を抑えつつ、業務への影響も最小限に抑えられます。ただし、業務プロセスの抜本的な見直しや刷新にはつながりにくく、従来の課題や複雑性をそのまま引き継ぐリスクもあります。
グリーンフィールドは「変革重視」、ブラウンフィールドは「安定重視」という構図とも言えます。どちらが最適かは、自社の現状と将来像、移行の目的をどう定義するかによって大きく変わってきます。SAP導入を単なる技術更新ではなく、企業改革の契機と捉えるなら、その選択肢もまた慎重に見極める必要があります。
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SAP S/4HANA移行でグリーンフィールドを選択するメリット

SAP S/4HANAへの移行においてグリーンフィールド方式を採用することは、単なるシステム刷新にとどまらず、企業の仕組みそのものを再設計する機会となります。既存資産の制約を離れ、最新技術を活用できるこの方式は、組織の柔軟性と競争力を高める効果が期待できます。ここでは、グリーンフィールドを選択することで得られる主なメリットについてお伝えします。
抜本的な業務改革を実現する
システムを新たに構築する過程で、既存の複雑な業務フローや過剰なカスタマイズを整理し、業務全体を最適な形に再構築できる点が大きな強みとなります。長年の運用で生じたムダや重複を取り除くことで、SAP S/4HANAが備える標準機能を中心とした、シンプルで整合性の取れた仕組みへと移行できます。
これにより、部門ごとに分断されていた業務が連携しやすくなり、情報共有や意思決定のスピードも向上します。結果として、組織全体が市場の変化に素早く対応できる柔軟な体制へと進化し、継続的な業務改善と競争力強化を両立できる基盤が生まれます。
DX推進を加速させる
デジタル変革を実現するうえで障壁となるのが、既存システムや旧来の業務プロセスに内在する構造的な制約です。新たな環境をゼロから設計できるグリーンフィールドでは、こうした制約を排除し、企業全体のデジタル戦略を最初からシステムに組み込むことが可能になります。
IoTやAI、アナリティクスといった先端技術を導入フェーズから統合することで、リアルタイムなデータ分析や自動化が進み、業務の高度化と効率化を同時に推進できます。また、データに基づいた意思決定が組織に定着すれば、新たな価値の創出や顧客体験の革新にもつながります。
単にIT基盤を更新するのではなく、ビジネスの構造そのものを変革する手段として、グリーンフィールドは企業のDX戦略と極めて親和性の高いアプローチと言えるでしょう。
システムをシンプル化する
長年にわたり運用されてきたSAP ECC環境には、各部門の事情や過去の業務慣習に対応するためのカスタマイズが多数存在し、全体構造が複雑化しているケースが多く見られます。このような蓄積されたアドオンや設定は、業務要件の変化に伴って陳腐化し、システムの保守性や柔軟性を阻害する要因となりがちです。
グリーンフィールドでは、こうした不要な要素を一度リセットし、標準機能に基づいた構成へと再設計することで、システムそのものの構造を大幅に簡素化できます。結果として、保守・運用の手間が軽減されるだけでなく、今後のバージョンアップや機能拡張への対応も容易になります。
さらに、技術的負債の解消によって、障害発生リスクの低減や運用コストの最適化も期待でき、安定性と拡張性を兼ね備えたシステム基盤の構築が可能となります。これらの要素は、将来にわたって継続的に成長できるIT環境を支えるうえで欠かせないポイントとなります。
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SAP S/4HANA移行でグリーンフィールドを選択する注意点

SAP S/4HANAを新規構築するグリーンフィールド方式は、理想的な業務改革を実現できる一方で、導入には一定のリスクや課題も伴い、慎重に検討すべき要素が少なくありません。ここでは、グリーンフィールドを選択する際に押さえておきたい主な注意点についてお伝えします。
長期的なプロジェクト計画が予想される
新しいシステムをゼロから構築するグリーンフィールド方式では、プロジェクト全体のスケジュールが長期化する傾向があります。既存の仕組みを引き継がずに、業務プロセスそのものを再設計するところから始まるため、要件定義から設計、開発、テスト、本番稼働までのすべての工程において、膨大な作業と調整が発生します。
特に、各部門の業務を統合する段階では、標準化の方針策定や機能仕様の整理などに時間を要することが多く、実務レベルでの検証や合意形成も欠かせません。さらに、移行対象データの精査や重複・不整合の除去といったデータクレンジング作業も、想定以上に時間を要する要因となります。
このように、システム刷新と同時に業務の見直しを行うグリーンフィールドでは、短期間での導入を目指すことは現実的ではありません。計画段階から長期的なスケジュールを前提とし、プロジェクト全体を継続的に支援できる体制とコミットメントを確保することが成功の鍵となります。
高コストになる
システムの設計・開発をすべて新規に行う構成上、初期投資はどうしても大きくなります。業務プロセスの再設計から環境構築、各種機能の開発・検証に至るまで、ゼロベースでの対応が求められるため、必要な工程と作業量が大幅に増加します。
加えて、最新技術や機能を効果的に取り入れるには、専門知識を持つコンサルタントの関与が不可欠であり、その分のコストも見込む必要があります。プロジェクトの期間が長期にわたれば、人件費や外部リソースの確保・管理にかかる間接的な費用も膨らみやすくなります。
こうした要素を踏まえると、導入時には単体の見積もりではなく、計画全体を俯瞰した上での予算設計が求められます。短期的にはコスト負担が大きくなるものの、最適化された業務プロセスや保守性の高いシステムによって、将来的な運用負荷の低減につながる可能性も十分にあります。
社内の合意形成が難しい
業務プロセスを大幅に見直す構成になるため、現場における心理的・実務的な抵抗が発生しやすくなります。これまで使い慣れてきたフローや操作手順が一変することで、各部門の担当者にとっては不安や負担が増すだけでなく、業務効率が一時的に低下することへの懸念も根強くあります。
また、新システムの操作習得に伴う教育やマニュアル整備も必要となるため、現場にとっては「余計な業務」と捉えられかねず、移行そのものへの反発が表面化するリスクもあります。特に、長年にわたって既存環境で実務を回してきたベテラン層ほど、新たなルールや画面設計への順応に時間がかかる傾向が強くなります。
こうした背景から、単にプロジェクトの概要を伝えるだけでは不十分であり、経営層や主要部門の責任者が中心となって全社にビジョンを示し、部門横断での対話や理解促進の機会を意識的に設ける必要があります。
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システム移行後でも直感的な操作で定着を促すDAPツール「テックタッチ」

Techtouchは、SAP S/4HANAのような大規模システムを新規導入した後でも、現場の業務定着をスムーズに促進できる国産のDAP(Digital Adoption Platform)ツールです。特徴は、アプリケーションの画面上に直接ナビゲーションや入力ガイドを重ねて表示できる点にあり、マニュアルを読むことなく、誰でも直感的に操作を進められる環境を実現します。
グリーンフィールド方式で構築された新システムでは、業務プロセスやUIが一新されることが多く、ユーザーにとっては習得負荷が大きくなりがちです。
テックタッチはその負担を最小限に抑え、操作のつまずきを現場で即座に解消する仕組みを提供することで、システム導入後の混乱を防ぎます。また、ユーザーごとの操作状況や活用率を可視化できる管理機能も備えており、教育の偏りや運用課題の早期発見にも貢献します。
定着率の向上はもちろんのこと、業務効率の維持やサポート対応の削減といった効果も期待できるため、テックタッチはS/4HANA移行後の運用フェーズにおいて極めて実用性の高い選択肢といえるでしょう。
グリーンフィールドについてよくある質問

企業がS/4HANAへの移行を検討する中で、グリーンフィールドという選択肢に対しては、一定の理解が進んでいてもなお判断に迷う局面が多く存在します。導入判断の前に押さえておきたいポイントはいくつかに絞られます。ここでは、よく寄せられる代表的な疑問について整理します。
グリーンフィールドでSAP S/4HANAへ移行に向いている企業は?
既存システムが過度に複雑化し、業務プロセスの非効率が常態化している企業は、グリーンフィールドに適しています。長年の運用によって不要な機能やカスタマイズが蓄積し、改修や保守に限界を感じている場合、新たに標準ベースで再構築することが大きな改善効果につながります。
また、単なるIT更新にとどまらず、DXを経営レベルで推進したい企業にとっても、既存の制約から脱却できるグリーンフィールドは有効な選択肢となります。業務とシステムを同時に刷新したい意欲のある組織ほど、成果を実感しやすい傾向があります。
過去のデータや既存データは移行できるのか?
グリーンフィールド方式でも、過去のデータや既存の情報は選別のうえで移行することが可能です。すべてをそのまま引き継ぐブラウンフィールドとは異なり、必要性の高い情報に絞って移行するのが基本方針となります。
具体的には、顧客や製品などのマスターデータや、過去数年分の財務情報など、ビジネス継続に不可欠なデータが優先されます。これにより、新システム内に不要なデータを持ち込まず、構成のシンプル化と保守性の向上が図れます。どのデータをどの形式で移行するかは、プロジェクト初期の段階で明確に定義し、業務要件や将来の活用方針と照らし合わせながら慎重に判断することが重要です。
ブラウンフィールドとどちらが良いか迷っているが、どう選べばいい?
選択の基準は、自社の課題と目的の違いにあります。業務プロセスに根本的な見直しが必要で、DXや新たなビジネスモデルの構築を視野に入れる場合は、グリーンフィールドが適しています。一方、現行業務を維持しつつ、コストや期間を抑えて移行したい場合は、ブラウンフィールドが有効です。どちらを選ぶにせよ、経営と現場が連携し、将来像に合った移行戦略を明確にすることが欠かせません。
ブラウンフィールドとは?SAP S/4HANAへの移行方法を徹底解説
まとめ:グリーンフィールドでSAP S/4HANAへの移行成功に導くために

SAP S/4HANAへの移行におけるグリーンフィールド方式は、既存の制約を断ち切り、業務とシステムの両面で理想的な再設計を実現できる強力なアプローチです。業務プロセスの抜本的な見直しや、最新テクノロジーの導入、システム全体のシンプル化といった多くの効果が見込める一方で、プロジェクトの長期化や高コスト、社内の合意形成の難しさといった注意点も存在します。
過去のデータ移行についても、必要な情報を選別して移す方針を取ることで、新システムの構成を合理的に保ちつつ、業務継続に必要な情報資産はしっかりと引き継げます。また、移行後の定着フェーズでは、テックタッチのようなDAPツールを活用することで、ユーザーが迷わず操作を習得でき、現場への負担を抑えながら新しい環境への順応を促進できます。
最終的にグリーンフィールドを選ぶかどうかは、現状の課題と将来の経営ビジョンに照らして判断すべきものです。自社にとっての最適な移行戦略を見極めるためには、技術的観点だけでなく、業務や組織のあり方まで含めた全社的な視点が欠かせません。成功の鍵は、構想段階からの明確な目的設定と、部門横断での合意形成、そして移行後の運用まで見据えた一貫した計画にあります。



