企業のIT基盤刷新が加速する中、注目を集めているのが「ブラウンフィールド」と呼ばれる移行手法です。これは、既存のシステム資産を活かしながらSAP S/4HANAへの移行を実現するアプローチで、コストや期間、業務影響を最小限に抑えられる点が特徴です。多くの企業が、限られたリソースの中で確実かつ効率的な移行を実現する手段として選択肢に挙げています。
本記事では、ブラウンフィールドの基本概念から、他の移行方式との違い、メリット・デメリット、さらに具体的な進め方や注意点までを詳しく解説します。導入前に押さえておくべき実務上の留意点についても触れており、SAP S/4HANAへの移行を検討している企業担当者にとって、有益な判断材料となる内容をお届けします。
ブラウンフィールドとは

「ブラウンフィールド」という用語は、不動産・環境領域とIT領域でそれぞれ異なる意味合いを持ちながらも、共通して「既存資産を活かして再構築・再生する」という本質的な考え方を含んでいます。この共通点を理解することで、各分野での活用意義がより明確に見えてきます。
もともとこの言葉は、都市的な利用を受けたものの、工場の閉鎖や施設の撤去などを契機に活用されなくなった土地を指すもので、上空から見たときに茶色く見えることに由来します。特に欧米では1970~80年代の産業構造の転換により、多くの工業跡地が都市内に放置されました。こうした土地は土壌汚染といったリスクを抱えながらも、インフラ面の整備状況を活かして再開発される可能性があり、環境省でもその意義が示されています。
■不動産・環境分野における意味と目的
不動産・環境分野では、土壌や地下水の汚染リスクを伴う土地に対し、適切な対策を施したうえで活用するという再生型のアプローチがとられています。既にインフラが整っているケースが多いため、新たに整備を必要とする土地(グリーンフィールド)に比べ、費用や時間を抑えた再開発が可能となる場合もあり、再評価が進んでいます。
■都市計画・スマートシティ文脈での活用
都市開発の文脈では、「ブラウンフィールド型開発」として、既存の街並みや建築物を活かしながら再設計を行う手法が注目されています。工場跡地などを再利用し、スマートシティや複合施設に転換するケースも見られ、持続可能な都市運営に寄与する手段の一つとされています。
■IT・システム移行におけるブラウンフィールド
IT分野においては、既存の仕組みやデータを活用しつつ、新たな環境に段階的に移行するアプローチとして用いられます。SAP S/4HANAへの移行における「コンバージョン方式(ブラウンフィールド)」では、従来の設定やデータをそのまま活かしながら、最小限の調整で新システムへアップグレードすることが可能です。
この方式では、移行にかかる時間やコストを削減できるほか、業務面での負荷も軽減されます。SAP GUIは従来通り利用でき、必要に応じてFioriの併用も可能です。既存アドオンについても、調整を加えれば引き続き利用することができます。一方で、S/4HANAが提供する最新の分析機能や機械学習の活用、マスタデータの再設計などには制約があるため、「安定性と低リスクを優先する」企業に適した選択肢となっています。
このように、分野は違えど、「既存の資産を活かしながら再生・再構築する」という本質は同じとなります。
出典:環境省|ブラウンフィールド問題について
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ブラウンフィールドとグリーンフィールドの違い

SAP S/4HANAへの移行には、「ブラウンフィールド(既存環境の活用)」と「グリーンフィールド(新規構築)」の2つの主要な手法があります。どちらを選ぶかは、現行システムの扱い方や移行後に重視するポイントによって異なります。
ブラウンフィールドは、既存のSAP環境を引き継ぎながら移行する方法です。業務フローやデータ、アドオンを可能な限りそのまま活用できるため、コストや期間を抑えたい企業に向いています。
一方、グリーンフィールドは、新しいシステムをゼロから構築する方式です。業務の再設計や標準化、新機能の最大活用が可能ですが、初期の工数やコストは大きくなります。以下に両者の違いをまとめました。
| 項目 | ブラウンフィールド | グリーンフィールド |
| 方法 | 現行システムを活用して移行 | 新規にシステムを再構築 |
| 業務プロセス | 継続しやすい | 見直し・再設計が可能 |
| 移行コスト・期間 | 比較的少ない | 多くかかる傾向 |
| データ移行 | 既存データを継承 | 必要に応じて選別・整理 |
| 新機能の活用 | 限定的になりやすい | 活用しやすい |
| アドオン | 再利用・調整が前提 | 再設計が必要になることも |
| 向いている企業 | 現状維持・短期移行を優先 | 業務改革・柔軟性を重視 |
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SAP S/4HANA移行でブラウンフィールド選択するメリット

SAP S/4HANAへの移行では、既存のシステム資産を最大限に活かす「ブラウンフィールド」を選ぶことで、コストと期間を抑えつつ、業務への影響を最小限にとどめることが可能です。ここでは、ブラウンフィールド方式を採用することで得られる主なメリットについてお伝えします。
コスト削減と期間短縮
ブラウンフィールド移行の大きな利点は、既存のシステム構成やデータを再利用できる点にあります。新規構築のように設計から開発までを一から行う必要がないため、工数と費用を大幅に抑えることが可能です。これにより、プロジェクト全体のコストを圧縮しながら、短期間でS/4HANA環境への移行を実現できます。
また、既存環境をベースにすることで検証や調整の範囲も限定され、立ち上げまでのスピードが向上します。結果として、投資回収までの期間が短縮され、変化の激しい市場環境にも柔軟に対応できる点が、ブラウンフィールド方式を選ぶ大きな理由といえるでしょう。
既存ビジネスプロセスの継続性
ブラウンフィールド移行では、これまで使い慣れた業務プロセスや操作環境を維持しやすいため、大きな変更を伴わずに移行を進めることができます。これにより、現場への負担を抑えつつ、新システムへの適応もスムーズに行えます。
大規模な再設計が不要なため、従業員の混乱や業務停滞を防ぎやすく、追加のトレーニングコストも最小限で済みます。長年使われてきた独自の運用やノウハウを活かしながら、システムだけを更新したい企業にとっては、大きなメリットとなるアプローチです。
豊富なデータ活用
ブラウンフィールド移行では、既存のSAP環境に蓄積された業務データをそのまま引き継ぐことが可能です。これにより、過去の実績や履歴情報を移行後も継続して参照・分析できるため、レポート作成や業務判断の精度を落とすことなく運用を継続できます。
新規移行に伴うデータ整理や再構築の手間も抑えられるため、効率的にデータ基盤を維持しながら、ビジネスインテリジェンスや予測分析にも活用しやすくなります。移行後の業務において、情報資産を途切れさせず活かせる点は大きな強みです。
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SAP S/4HANA移行でブラウンフィールドを選択する注意点

SAP S/4HANAへの移行手段として注目されるブラウンフィールド方式は、コストや期間の面で多くのメリットを持ちますが、同時に慎重な検討が必要なポイントも存在します。既存資産を活用するがゆえの課題もあるため、事前に理解しておくことが重要です。ここでは、ブラウンフィールド選択時に押さえておきたい主な注意点をご紹介します。
データの品質管理
ブラウンフィールド移行では、既存システムのデータを引き継ぐため、過去に蓄積された重複データや誤った情報まで新環境へ持ち込まれるリスクがあります。これにより、データの整合性が損なわれたり、システム全体の処理速度や分析精度に悪影響を及ぼす可能性があります。特に、非構造化データや未整理のマスタ情報が多い場合、パフォーマンスの低下や業務効率の阻害要因となるため注意が必要です。
そのため、移行前にデータの棚卸しを行い、不要な情報の削除や誤情報の修正といったクレンジング作業を徹底することが重要です。また、移行後のトラブルを回避するためには、移行対象データの定義や品質基準を明確にし、各部門と連携して管理体制を整備することが求められます。データ移行の成功は、技術的な対応だけでなく、データ品質に対する意識と準備の深さに大きく左右されるのです。
アドオンの互換性
SAP ECC環境において長年蓄積されたアドオンやカスタマイズが多数存在する企業では、S/4HANA移行時の互換性が大きな検討課題となります。というのも、S/4HANAでは基盤構造や技術仕様に変更が加えられており、従来のアドオンがそのままでは動作しない可能性があるためです。とくに、コア部分に密接に関与するアドオンや、非推奨の構文を使ったプログラムは、互換性上の懸念が高くなります。
仮にそのようなアドオンを未評価のまま移行対象とした場合、移行中または移行後に不具合やシステム障害が発生するリスクがあり、修正や再構築にかかる費用・期間が大幅に膨らむ恐れもあります。したがって、事前にアドオンの一覧を把握し、互換性の観点から精査を行ったうえで、再設計や廃止を含めた対応方針を明確にしておく必要があります。
移行後の運用や拡張を見据えたうえでも、アドオンの棚卸しと見直しは不可欠です。保守性や将来性を意識した設計に切り替えることで、S/4HANA環境への適応を円滑に進めることが可能になります。
最新機能の活用制約
ブラウンフィールドによるSAP S/4HANAへの移行は、既存システムの資産や設定を活かすアプローチである一方、S/4HANAが持つ最新機能やテクノロジーを全面的に取り入れるには不向きな側面もあります。特に、インメモリデータベースを最大限に活用するためには、データ構造や業務フローを抜本的に再設計する必要がある場合が多く、そのような刷新はグリーンフィールド型移行の方が適しています。
例えば、リアルタイム処理やFioriベースのユーザーエクスペリエンス、AI・機械学習といった新機能群を積極的に導入したい場合、既存プロセスに制約を受けるブラウンフィールドでは活用範囲が限定される可能性があります。その結果、せっかくS/4HANAへ移行しても、旧来の延長線上での運用にとどまってしまうリスクがあります。
したがって、S/4HANA移行において「どこまで最新技術を活かしたいのか」という視点を持つことが重要です。将来的な拡張性や技術革新を重視するのであれば、移行方式の選定段階で、こうした機能活用の制約も織り込んで検討する必要があります。
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ブラウンフィールドについてよくある質問

ブラウンフィールド移行は、既存資産を活かしてSAP S/4HANAへ移行する現実的な手法として注目されていますが、その具体的な進め方や必要な期間など、検討段階で疑問を持つ企業も多くあります。ここでは、ブラウンフィールド移行を検討する際によく寄せられる質問について解説します。
ブラウンフィールド移行の具体的なステップは?
ブラウンフィールド移行は、大きく4つのステップで構成されます。最初に、目的や対象範囲、予算、スケジュールなどを定める「計画フェーズ」を実施します。その後、既存システムのデータやアドオンを精査し、必要なツールや基盤を整備する「準備フェーズ」に進みます。次に、実際のシステム移行およびデータ変換を行う「実行フェーズ」を経て、最後にS/4HANAの本稼働と定着支援を行う「稼働フェーズ」へと移行します。
ブラウンフィールド移行にかかる期間は?
ブラウンフィールド移行にかかる期間は、プロジェクトの規模やシステムの構成によって異なりますが、一般的にはおおよそ6ヶ月から1年程度が目安とされます。特に、既存システムに独自のカスタマイズが多く含まれている場合、移行作業の検証や調整に時間を要するため、スケジュールが延びる傾向にあります。
土地のブラウンフィールドとは何ですか?
不動産や環境分野での「ブラウンフィールド」とは、かつて工場や商業施設などで使われていた経緯があり、現在は未利用で、土壌汚染の懸念がある土地を意味します。新たに活用するには、事前の調査や対策が求められますが、既存資源を有効活用するという点で、IT領域のブラウンフィールド移行と同様の発想に基づいています。
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まとめ:ブラウンフィールドでSAP S/4HANAへの移行を成功させよう

既存システムの資産を最大限に活かしつつ、SAP S/4HANAへのスムーズな移行を実現するブラウンフィールド手法は、コスト・期間・業務影響のバランスを重視する企業にとって、現実的かつ効果的な選択肢となります。既存データやアドオンの再利用が可能であるため、新規構築に比べて導入負担を大幅に軽減できる点は大きな利点です。また、段階的なフェーズに基づいて計画的に進行できるうえ、必要に応じてカスタマイズやデータの最適化も柔軟に行えるため、現場の混乱も抑えやすいという特長があります。
プロジェクトの期間は6~12か月程度が一般的とされますが、実際には既存システムのカスタマイズ状況やデータの品質によって大きく左右されるため、事前の評価やリスク把握が不可欠です。アドオンやインターフェースの互換性についても、早い段階から確認と対応を進めることで、移行時の想定外の手戻りを防ぐことができます。
なお、「ブラウンフィールド」という用語は、都市再開発や環境再生の分野でも、既存の土地やインフラを再利用する概念として使われており、IT領域においても同様に、既存環境を土台とした刷新という点で共通しています。こうした背景を踏まえ、自社の業務と資産状況に合致した移行戦略を選ぶことが、S/4HANA導入の成功を左右します。
最終的には、目的を明確にし、技術的な制約や将来的な拡張性も見据えながら、段階的かつ計画的な移行プロセスを設計することが、安定的かつ効果的な業務運用の実現につながります。適切な準備と判断が、長期的なシステム価値の最大化を後押しします。



